因果律

友人の武司くんのお母さんの名前は武子といいます。
昔、本人が言ってましたが、『なぜ武子か?』というと武司の母だからだそうです。
ムーミンのお母さんがムーミンママと呼ばれているのと同じ原理だと、きっぱり言い切っていました。

さて、賢明なる貴方なら既にお分かりかと思いますが、武司くんのこの原理では因果律が成り立ちません。因果律とは「物事には必ず原因と結果があって、結果は原因より先には起こりえない」という考えです。彼の原理では、原因は「武司」で結果が「武子」ですから、明らかに結果の方が先に生じています
似たものではウルトラの母とウルトラマン達の関係などが挙げられます。
ただし、「音楽の父」とか「現代医学の祖」などは一見似ていますが、この仲間ではないでしょう。
さて、なぜ武司くんちでは因果律が崩壊しているのか?以下で、この問題について諸説取り混ぜながら、少し掘り下げて考察してみたいと思います。

1.予言説(適用範囲:ムーミン谷)

ムーミンママの例を考えてみると、ムーミンが生まれる前から「ムーミンママ」と呼ばれていたなら、ムーミン谷のみんなは、彼女が将来「ムーミン」を身篭(みごも)ることを、予め知っていたと言うことです。おそらくは予言か占いの類でしょう。その程度のことなら妖精の世界では良くあることなのかも知れません。ましてや北欧かどこか遠い国の山奥のムーミン谷という秘境での話ですから、十分にあり得ます。
ただし、この説は残念ながら「ウルトラの母」の場合にはあてはまりません。なぜなら、彼等はM78星雲にある超科学文明の星からやって来ました。そんなところで「予言」や「占い」が横行しているとは、常識的には考えられないからです。
よって、この説で説明できるのはムーミン谷及びそれに類似した谷止まりです。

2.超大統一場理論説(適用範囲:全て)

ウルトラの母の場合は「マン」が生まれた瞬間に、ムーミンママの場合は「ムーミン」が生まれた瞬間に、何らかの力により彼女らの過去がすり替えられて
『昔からウルトラの母と呼ばれていた』、『昔からムーミンママと呼ばれていた』ことになったという
大胆な仮説がこれです。
つまり彼らの谷や星では因果律が崩壊しているという事です。
この説は近い将来、超大統一場理論や超弦理論などから導き出されるかも知れません。発想自体は非常におもしろい説です。ただし、まだ完全には確立されていない理論のもとで、更に理論を演繹させるのは非常に危険なことで、仮にも科学に携わる者のとるべき道ではないでしょう。
よって、この説は21世紀初頭の現在では、未だ単なる仮説の域を出ません。後々の研究に期待を寄せるところです。

3.苗字説(適用範囲:全て)

「ムーミン」や「ウルトラ」が実は苗字だという説です。確かに、私の友人の親は苗字の後ろに「パパ」とか「ママ」を付けて呼ばれることがあります(例−石村ママ)。そして、「ウルトラ」に関してはこの仮説で何ら矛盾は生じません
かのウルトラ兄弟同士が「おい、ウルトラ」「なんだ、ウルトラ?」などと苗字で呼び合う所を誰も目撃した事が無いのも、この説を裏付ける有力な事実と言えます。
ただし、「ムーミン谷」の「ムーミン」の説明としてはこの仮説では不完全です。なぜなら、ムーミンは両親からも「ムーミン」と呼ばれているからです。自分の息子を苗字で呼ぶ親が果たしているでしょうか?例えそれが北欧の山奥の辺境にある妖精の谷であったとしてもです。石村ママが自分の息子を「石村」と呼んでいる様なもので、明らかに変です。

4.改名説(適用範囲:全て)

一見して、最もオーソドックスな説でしょう。
ムーミンが生まれたときにムーミンパパとムーミンママは改名したとするものです。
豊臣秀吉も生まれたときは日吉丸でした。祝言ののち木下藤吉郎秀吉になり、自分で羽柴秀吉と改め、関白になるときに朝廷から豊臣姓をもらったのです。
だから、ムーミンママはムーミンが生まれたときに、何かわけありでそうなってしまっても不思議ではありません。
しかし、ではその「わけあり」の「わけ」とは何でしょうか?
残念ながら、現段階でその「わけ」と、「では、それまではどんな名前だったのか?」と言う当然の疑問にさえ、この説は答えを示してくれません。また、この説を裏付けるような実証も、今のところなされていません。
言い換えると、一見してもっともらしく見える「改名説」ですが、その実はかなり空想に近いレベルだと言えるのです。

ここまで研究を進めていた時、信頼筋から有力な情報を手に入れることが出来ましたので、以下にその要約をご紹介します。

勇者警備隊説(大阪市、Kさんより)

ウルトラマン達が所属してるのは「勇者警備隊」とかそーゆー名前だったので、ひょっとしたらウルトラは「勇者」の称号かもしれません。ウルトラの母は、その隊長だかなんだかのカミサンで隊員達を自分の息子のように色々世話をしてるんでしょう。
察するところ寮母や大家のオバさんを「おっかさん」と呼ぶみたいなモンかと。
なるほど・・・で、恐らくそれがたまたま地球の英語の「ultra」に発音が似ていて意味も「過激」とか「超」と、何となく通りも良かったので定着したと言う事でしょう。

しかし、私はこの仮説を検討している時、もしこれが正しいとすれば同時に非常に危険な結論も導き出される事に気付きました。この場で明らかにすべきか迷いましたが、みなさんの良識を信じて発表します。
ウルトラまでが苗字(又は称号)ならウルトラマンは「マン」が名前です。これについて敢えて反論する人は小数でしょう。しかし、ウルトラマンタロウをこれに当てはめると、いささか心苦しい結果となります。今までタロウが名前だとばかり思われて来たウルトラマンタロウですが、実はウルトラまでが苗字なので名前はマンタロウと言う事になります。
この事がウルトラマンタロウファンに与えるダメージは少なくありません。今まで信じきっていた当然の前提がその礎から脆くも崩れ去るのみならず、彼等をタロウファンではなくマンタロウファンに成り下がらせてしまうほどの強制力を含蓄している爆弾仮説なのです。
使い方を一歩誤れば多くの人の人生をも左右しかねない諸刃の剣とも言える仮説です。
さて、彼が勇者警備隊説について言及しているのはここまでですが、彼の話には続きがあります。
一方、ムーミンとは一族の名前です。だから「ムーミンママ」は「石村のお母さん」と同じ表現手法です。ちなみに、ムーミンは原作ではムーミントロールと呼ばれてます。
たしかムーミン谷の村を開いたのはムーミンパパです。「石村村の石村」と言うのはおかしな話しですが、他にムーミン一族が住んでいないのでそう呼ばれているのでしょう。と言うか「ムーミンが開いた谷にすんでるムーミントロール」が省略されたものかと。
では、なぜ息子のことを「ムーミン」と一族の名前(=苗字?)で呼ぶのかと言うと、多分あの一族は子供ができた時点で代を譲るのではないかと思います。 歌舞伎等、日本の古い文化にも見られる、いわゆる襲名制度です。
そう考えるとパパの「自伝を書いてる」などと言う行為も隠居生活ではないかと、妙に納得させられます。
かなり説得性のある仮説と言わざるを得ません。
しかし、このあと彼の話は、皆があえて触れようとしなかった、未だ誰も分け入ったことのない禁断の領域への道標を示して、突然終わります。
彼はこのあと、こう締めくくったのです。
まぁ遥か彼方の場所も特定できない星雲のうちゅーじんとか北欧の妖精の事などはどうでもいいのです!
もっと身近に、明らかに因果律が成り立たないある有名な一家があるではないですか!彼等は日本人なのですよ!
おおおおーっ。たっ、確かにその通りです。
彼の言う様に、北欧や何光年も離れた宇宙の話より、もっと身近に、ものすごく有名なある一家が存在しています!
その一家は「バカボンのママ」、「バカボンのパパ」と言う因果律崩壊を伴っている上に、主人公は両親に「バカボン」と呼ばれ、更に本来苗字が書かれているはずの表札には「バカボン」と書かれているのです。これでは「姓」なのか「名」なのか、今までのどの説でも全く説明不能です。
バカボン恐るべし・・・。
そもそも「バカボン」という名前自体が日本で一般的ではない。
さらに「バカボンのパパ」、「バカボンのママ」とくれば、弟のはじめちゃんは「バカボンの弟」で良いハズです。しかも、次男なのに「はじめ」ちゃんと呼ばれているに至って、バックに巨大な、触れてはならないような怪しげな何かを感ぜざるを得ません。

その後、はじめちゃんについて、彼はこう言及しています。
何故「一(はじめ)」かと言う事については、以前T氏より「ママは後妻」説が出てましたが、劇中で「バカボンはじめ」とカルテに書かれていた事実もあります!
真意の程は未だ不明です。
んん。ますます分かりません!
バカボンはじめと言うことはバカボンは苗字、表札もバカボンと言うことは、これはもう間違いなく苗字です。
では、両親から苗字で呼ばれているバカボンの名前とは・・・。
はやり彼等を研究すると、泥沼に嵌るのか?不毛な領域なのか?
気を取り直して、その後ウルトラについての非常に興味深い考察が寄せられたので、テーマをウルトラに戻して紹介しておきます。

レオについての一考察(大阪市、Mさんより)

ウルトラマンレオは始めはただのレオで、ウルトラマンではなかった。
出身地は確かL77星雲とかで、とにかくウルトラマン達とは違う星の違う種族である。
弟もただのアストラで、痩せても枯れてもウルトラマンアストラとかではい。
アストラはババルウ星人(だったと思う)に囚われの身で、結構悲壮感漂うみなしごハッチ的なキャラクターだった。
レオは単身赴任でウルトラマン達の下働きとして就職した。新入社員のころは手から光線が出なかったか、出てもパスッとかポンッと貧弱なものだったが、それでも頑張っていた。その時の上司はウルトラセブンだった。
やがて彼の頑張りが認められて、入社何年目かのある日、セブンから「ウルトラマン」の名前が与えられた

この事実から考えると「ウルトラ」だけではなく「マン」までが称号(又は役職)と考えるべきである。しかし、ここでさらに疑問が生まれる。「ウルトラ」しか付かないセブンみたいなやつもいるではないか?
つまり「ウルトラ」と「マン」はそれぞれ独立した称号又は役職名ではないかと考えるのが自然である。

ところで、「ウルトラ」しか付かないセブンと「ウルトラマン」が付く人達の、この「インド」と「インドネシア」みたいな相関関係は何か?
数字が付くからと言うことなら、ウルトラマン80はウルトラ80でないとおかしい。
セブンの場合、エメリューム光線やアイスラッガーという変わった武器を使うから、彼らの中でもセブンは特別な存在らしい。何よりカラータイマーがないので、3分の制約なく戦えるし、手元の資料からも「ウルトラ」の中でもかなり強いという事が見て取れる。
「マンが付かない」ことが「特別」で「強い」ということは、たとえば「○○補佐」や「○○見習」などの様に「マン」には元の役職や称号の少し下という意味合いがあると思われる。
つまり「ウルトラ」が警視なら「ウルトラマン」は警視正みたいなものである。警部と警部補の関係かも知れない。支店長と支店長付(支店長好きではなく)の関係でも良い。
ここで、「では、初代のウルトラマンは称号(役職?)だけで名前がないではないか。」と言う反論もあろう。これに関しては、例えば「帰ってきたウルトラマン」は確か「ジャック」だったか、ちゃんと名前があるのにそう呼ばれていないことから、初代にもちゃんと「義男」などの名前があるにはあるが、最も早くにメジャーデビューしたと言うことで代名詞的な存在になっていると考えられる。「秀吉」を「太閤さん」と呼ぶようなものかも知れない。

因みに、こう考えると「ウルトラマンキング」は、実は称号を3つも持っているものすごいやつで「テラノザウルス・レックス」に匹敵するのかも知れないと言う結論に達するのである。
以上長文ですが、内容も濃く非常にしっかりとした論理展開です。

これら因果律崩壊系の学説に関しては、現在の所どの説も一長一短、完璧に説明可能な説は出ていません。より的確に説明できる理論の登場を今後の学会に期待したいところです。

余談ですが…
最近、娘の友達に「○○ちゃんのお父さん」と呼ばれることがあります。
我が家でも因果律が崩れかけているのでしょうか。

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