タイヤ交換も終わり、何とか京都市街まで戻った私は、
「そう言や、あの墓地に到着するまで一回も道も迷わんかったな。盆も近いことやし、後ろの座席に何人か乗ってはるんやないやろか。8人のりっちゅうのも良し悪しやなぁ。」
とか
「迎え火に間に合わん方々が、『おっ。丁度いいところ来たわ』っちゅうて、脱輪させて乗り込みはったんやないやろか。乗り遅れた人が、パンクさせて『やれやれ、間におうた』とかで、乗らはって・・・」
などと思いながら、そしてたまにルームミラーで後ろのシートに誰も乗っていないことを確認しながら、1号線を家路へと向かいました。


こんなことも、来年のこの時期には楽しい思い出となっているかもしれません。ただ、今はあの時、車の下に入れた石に「・・家」や「・・先祖・・」や「・・代々之・・」等と書かれていなかったことを願うだけです。そう言えば、やけに軽い石があったのも気になるところです。

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