ビーズ

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妻が長女を病院に連れて行く時は、真ん中の娘(以下「ちみちゃん」)をうちで待たせてるそうです。寂しがり屋ですが、好きなビデオをつけっぱなしにしておけは、どうにかだだをこねずに留守番ができるらしく、その日もそうしたそうです。

しかし、診察に意外と時間がかかってしまい、慌てて帰ってみると、なぜか部屋は薄暗いまま。呼んでも返事がありません。すでにビデオは終わっていおり、よく見ると薄暗い部屋の隅っこでちみちゃんが体育座りでうずくまってシクシク泣いているではありませんか。
「ごめんなぁ。恐かったやろぉ〜?」と妻が抱き上げてなだめます。
しかしちみちゃんは泣きやみません。

仕方なく留守番のご褒美と言うことでおやつをあげます。いつもならこれで確実に泣きやみます。しかしダメです。しくしく泣くばかりで、食べる量もいつもよりかなり少ないではないですか。そしてまた何かを思い出すようにしては、シクシクと泣き始めます。

どうやら泣いているのは寂しかったわけではなさそうだと思った妻が「どないしたん?」と聞くとちみちゃんは「お姉ちゃんのハートがおはなに入ってん。」とぼそりと呟きました。意味が分からず妻が「は?」と聞き返すと、またしくしく泣き始めます。何度聞いても同じ事の繰り返しです。

と、とつぜん長女が「ビーズちゃう?これ。」と何かを拾い上げて妻に見せました。床を見ると他にもいくつかビーズが散らばっています。赤やら青やらいろんな色の、四角やら三角やらいろんな形の。中にはハート形のんもあります。

何度かお話ししているようにちみちゃんはチャレンジャーです。彼女はその類い希な好奇心とデインジャラスとも言えるバイタリティーで、過去数々の難事件を巻き起こしてきました。
そのちみちゃんがピンクのハート形のビーズを指さして「それ!」と言います。妻が「え?これがどないしたん?」と尋ねます。するとちみちゃんはキッパリと言いきったそうです。
「お鼻の中に入ったの。」と・・・

「なんでなん?」妻の口をついて出たのはその言葉でした。いや、それしかないでしょう。頭の周りにはいくつものクエスチョンマークが飛び回っていた事は想像に難くありません。『今、私の目の前にいるこの子は、いったいナニモノなのだろう?』そう思ったとしても少しも不思議ではありません。まさしくUMA※1と言う言葉がピッタリとあてはまる気がします。  

再び妻が聞きます。
「なんでなん?」
ちみちゃんは泣くのをこらえ、努めて冷静に説明しようとします。
「あのなぁ。ちみちゃんなぁ。どーっしても入れたかったの。」
「・・・。」
我慢できなかったの。」
反論のしようがありません。3歳児にしては完璧な理論武装です。

言い終わるやいなや彼女はまるで自供した犯人ででもあるかの様に、その場によよと泣き崩れました。緊張の糸が切れ、 極度のプレッシャーから解放された安心感、そんなモノが一挙に押し寄せたのでしょう。
足下にしゃがみ込んでしくしくと泣く彼女を、妻と長女はまるで不思議なモノでも見るかのような目で、しばらく見つめていたそうです。

やがて気を取り直した妻が言います。
「見せてみ。」
上を向いて小さい鼻の穴を見せるちみちゃん。
覗き込む長女と妻。
しかしビーズなどどこにも見えません。
「ないで。」と妻。
「でも入ってん!」とちみちゃん。
禅問答は続きます。
「無いって!」
「でも入ってん!」
ちみちゃんも必死です。

恐らくちみちゃんがソレを指で取り出そうとして、逆に少しずつビーズを鼻腔の奧へと押し込んでしまい、肉眼では確認出来ないほど奥の方へと追いやる結果となったのでしょう。

「病院」・・・妻の脳裏にはそんな言葉が思い浮かんだりもしたそうです。
しかしここで病院へ行ってしまえば、ちみちゃんにとってこの事件がトラウマとして残るというリスクを抱えることになりかねません。気を取り直して妻はここで作戦を変更するのでした。
「フン!してみ。」
大英断です。正しい戦略と言わざるを得ません。
泣きながらも言われるままフン!をするちみちゃん。応援する長女。そして号令をかける妻。
「フンして!」 「フン!」 「ガンバレ!」 「もっかい!」 「フン!」

本人の血の滲む様な努力と、家族の愛に裏打ちされた見事なまでのコラボレーションが功を奏し、始めタイミングの合わなかった三人のかけ声も、奮闘の甲斐あって徐々にシンクロし始め、やがて見事なまでのカルテットとなって我が家にこだましたその瞬間!何十回目かのフン!と共に彼女の小さい鼻の穴から、ポン!と音を立てて飛び出したハート形の赤いビーズ。

一件落着!

ホッとしながら、そのビーズを見る妻と長女・・・しかしその、想像を絶する大きさに彼女たちは絶句しました・・・いや、戦慄を覚えたと言う方が的確な表現かも知れません。
「・・・なんでなん?」再び妻の口をついて出たその渇いた言葉は、壁に吸い込まれる様に虚しく消えていきました。

どう考えても物理的には不可能な事が目の前で起きているのです。その事実を受入れるには妻と長女は少し常識的過ぎたのかも知れません。
彼女たちは再び、今度はハッキリと目の前のその少女を紛れもないUMAだと確信しました。

さすがのちみちゃんも、次の病院の日ダケは、大人しくビデオを見てお留守番をしていたと言うことです。

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